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大阪地方裁判所 昭和35年(行)3号 判決

奈良県吉野郡吉野町西谷七五六番地

原告

西林俊一

右訴訟代理人弁護土

和田誠一

安田春江

右訴訟復代理人弁護士

遠田義昭

大阪市東区大手前之町

被告

大阪国税局長

近藤道生

右指定代理人検事

松原直幹

伴喬之輔

右指定代理人法務事務官

中小路宣征

右指定代理人大蔵事務官

中島国男

本野昌樹

坂上竜二

右当事者間の所得税決定金額再評価決定金額審査決定取消請求事件につき、当裁判所は昭和四一年一〇月二四日終結した口頭弁論に基づき、次のとおり判決する。

主文

一、被告が昭和三四年一〇月三〇日付をもつて原告に対し昭和二八年分再評価税につきなした審査決定中、吉野税務署長のした再評価税決定、無申告加算税決定を取り消さなかつた部分を取り消す。

二、被告が昭和三四年一一月九日付をもつて原告に対し昭和二八年分所得税につきなした審査決定中、吉野税務署長のした所得税決定、無申告加算税決定を取り消さなかつた部分を取り消す。

三、原告のその余の請求を却下する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、申立て

(原告)

一、主文第一、二項記載の審査決定を取り消す。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、吉野税務署長は昭和三四年三月一二日(以下、昭和を省略する。)原告に対し左のとおり税額を認定して課税決定をなし通知してきた。

1、二八年分所得税について

譲渡所得 五九二、三五〇円

山林所得 三、二二二、九三〇円

所得税額 一、五〇九、二八九円

無申告加算税額 三七七、二五〇円

2、同年分再評価税について

再評価額 二、二四九、八五〇円

再評価差額 二、一六九、五〇〇円

再評価税額 一二一、一七〇円

無申告加算税額 三〇、二五〇円

原告はこれを不服として、同月二七日同税務署長に対し再調査の請求をしたところ、所得税法四九条四項一号の定めるところにより被告に対する審査請求として処理され、被告は1については三四年一一月九日付で、2については同年一〇月三〇日付で、左のとおりの税額を認定して、前記税務署長の課税決定中これを超える部分をいずれも取り消す旨の審査決定(以下、本件審査決定という。)をなし通知してきた。

1、二八年分所得税について

農業所得 一一八、六〇〇円

譲渡所得 五九二、三五〇円

山林所得 二、六六〇、五三〇円

所得税額 一、三三二、三六〇円

無申告加算税額 三三三、〇〇〇円

2、同年分再評価税について

再評価額 二、〇一二、二五〇円

再評価差額 一、九四一、四〇〇円

再評価税額 一〇七、四八〇円

無申告加算税額 二六、七五〇円

二、しかし原告の同年度における譲渡所得、山林所得は皆無であり、農業所得一一八、六〇〇円のみでは、基礎控除と扶養親族控除をすることにより課税総所得金額は零となるから、原告はなんら納税義務がなく、同法二六条一項に基づく申告の義務も負わず、本件審査決定には違法がある。

第三、被告の答弁と主張

一、原告の請求原因一、の事実は認める。

二、次に述べるとおり、原告には、二八年度に本件審査決定で認定したとおりの譲渡所得、山林所得があるから、本件審査決定は適法である。

1、別紙目録記載の山林(以下、山林という語を土地および立木を総称する意味で用いる。)は同目録記載のとおり原告あるいは訴外阪本弥一(以下、弥一という。)の単独所有または両名の共有に属するものであつた。(以下、同目録記載の山林全部を本件山林、うち原告単独所有の山林を原告山林、弥一単独所有の山林を弥一山林、両名共有の山林を共有山林という。)

ところが、右所有共有関係につき両名間に紛争が生じ、これを解決するため両名は二八年五月三〇日(以下、特に断らない限り二八年のことである。)訴外広芝義賢(以下、広芝という。)、同上田喜文(以下、上田という。)、同阪本昇三(以下昇三という。)の三名を仲裁人(以下、三名を総称して仲裁人らという。)に選び、紛争の解決を一任した。六月四日仲裁人らと両名の間で、紛争の解決方法として、本件山林を売却してその代金より諸経費を控除した残金を両名で平等に分配すること等が確認された。そして同月一〇日両名は本件山林を仲裁人の一人である広芝に代金一二、五〇〇、〇〇〇円(内金三、七五〇、〇〇〇円を契約と同時に支払い、残金は九月三〇日限り三、七五〇、〇〇〇円、一二月三〇日限り五、〇〇〇、〇〇〇円を各支払う約定。)で売却する旨の売買契約(以下、本件契約という。)を締結した。

本件契約に基づき両名は各六、二五〇、〇〇〇円の売買代金債権を取得したが、両名は即日広芝より小切手をもつて三、七五〇、〇〇〇円を受領しこれを折半した。

2、本件審査決定における所得税の課税標準、同税額および再評価額、同税額の計算は次のとおりである。

(一)、総所得金額(三、三七一、四八〇円)

(1)、譲渡所得金額(五九二、三五〇円)

(イ) 譲渡価額(二、〇一二、五〇〇円)

前記のように本件契約により一二、五〇〇、〇〇〇円の売買代金債権が発生した(原告はその半額の六、二五〇、〇〇〇円を取得する約である。)が、右代金は土地および立木から成る本件山林につき一括して定められているため、譲渡所得と山林所得の各金額を計算するについては、本件山林のうちの土地(以下、本件土地ということがある。)および同立木(以下、本件立木ということがある。)のそれぞれの譲渡価額を推定せざるを得ない。そこで被告は本件土地および本件立木の資産再評価法による各再評価額を基礎とし、これに按分してそれぞれの譲渡価額を計算した。

すなわち本件土地の再評価額(原告分)は六四八、〇〇〇円、本件立木のそれは一、三六四、二五〇円である(後記(三)参照)から、計算上本件土地の譲渡価額(原告分)は二、〇一二、五〇〇円となる。

(ロ) 控除金額(六七七、七八五円)

本件山林の譲渡の経費の合計額(原告分)は看守料調査費等九二、五〇〇円であるからこれを前記本件土地および立木の再評価額に按分し、本件土地の譲渡に要した経費(原告分)を二九、七八五円とした。

また本件土地の取得価額(原告分)は、同法による再評価額(原告分)たる六四八、〇〇〇円である。

以上合計六七七、七八五円が控除金額(原告分)となる。

(ハ) 右の(イ)譲渡価額より(ロ)控除金額を控除した一、三三四、七一五円より一五〇、〇〇〇円を除算した額の十分の五に相当する五九二、三五〇円(一〇円未満切捨)が原告の課税標準金額たる譲渡所得金額である。

(2)、山林所得金額(二、六六〇、五三〇円)

(イ) 譲渡価額(四、二三七、五〇〇円)

前記の(1)(イ)と同様の計算方法により本件立木の譲渡価額(原告分)を四、二三七、五〇〇円と算定した。

(ロ) 控除金額(一、四二六、九六五円)

前記の(1)(ロ)と同様の計算方法により本件立木の譲渡に要した経費(原告分)を六二、七一五円と算出し、また同法による再評価額(原告分)は、一、三六四、二五〇円であるから以上合計一、四二六、九六五円が控除金額(原告分)である。

(ハ) 右の(イ)譲渡価額より、(ロ)控除金額を控除した二、八一〇、五三五円より一五〇、〇〇〇円を除算した二、六六〇、五三〇円(一〇円未満切捨)が原告の課税標準金額たる山林所得金額である。

(3)、農業所得金額(一一八、六〇〇円)

原告において右金額を争わないから算出の根拠は省略する。

(二)、所得税額(一、三三二、三六〇円)および無申告加算税額(三三三、〇〇〇円)

(1)、以上(一)の(3)の農業所得および(一)の(1)の譲渡所得金額の合計額七一〇、九五〇円より、基礎控除額六〇、〇〇〇円を控除し(六五〇、九五〇円)、これに(一)の(2)の山林所得金額の五分の一に相当する金額五三二、一〇七円を加算した金額(山林調整所得金額)一、一八三、〇五七円に対する税額は、四八一、〇〇〇円であることは計数上明白である。

(2)、更にこの税額の山林調整所得金額に対する割合(四〇パーセント)を、山林所得の金額の五分の四に相当する金額(山林特別所得金額―二、一二八、四〇〇円)に乗じて計算した金額は八五一、三六〇円である。

(3)、右(1)の四八一、〇〇〇円に(2)の八五一、三六〇円を合計した一、三三二、三六〇円が、原告の本件係争年分の所得税額である。

原告は本件係争年分につき無申告であつたから、右税額に対し、一〇〇分の二五の割合により無申告加算税を計算すれば三三三、〇〇〇円となる(以上昭和二八年法律一七三号により改正せられ、本係争年分に適用さるべき所得税法による。)

(三)、再評価額(二、〇一二、二五〇円)

(1)、原告、弥一両名は本件山林を資産再評価法の基準日(同法三条)たる二八年一月一日以前より所有または共有しているから同法九条の規定により再評価が行なわれたものとみなされ、また本件山林は財産税の調査時期たる二一年三月三日以前に取得されているが、右山林のうち本件土地の財産税評価額(原告分)は一六、二〇〇円、本件立木のそれは五四、五七〇円であるから、前者の再評価額(原告分)は一六、二〇〇円の四〇倍たる六四八、〇〇〇円(同法二一条二項)、後者のそれは五四、五七〇円の二五倍たる一、三六四、二五〇円(同法二五条二項)である。(従つて、再評価差額(原告分)はいずれも右再評価額より右財産税評価額を除算した金額となる―同法四二条。)

(四)、再評価税額(一〇七、四八〇円)および無申告加算税額(二六、七五〇円)

前記の再評価差額の合計額一、九四一、四八〇円より特別控除一五〇、〇〇〇円(同法三七条)を除算し、これに一〇〇分の六を乗じた一〇七、四八〇円が原告の再評価税額となる(同法四四条)。また原告は本税につき無申告であるから、前記再評価税額に一〇〇分の二五を乗じた数額の範囲内において、二六、七五〇円を無申告加算税とした。

3、前記のように本件契約により原告および弥一は広芝より代金一二、五〇〇、〇〇〇円のうち三、七五〇、〇〇〇円を受領しこれを折半したが、その後広芝は本件山林を訴外川崎京繁(以下、川崎という。)に、川崎は弥一に順次転売した。弥一はこれを更に訴外林宗和(以下、林という。)に転売しようと考え、原告の承諾も得て、代金支払いの関係で原告も契約当事者として参加し、三者間で契約条項を取り極め、八月一七日林に本件物件を代金一五、〇〇〇、〇〇〇円をもつて売却した。この売却代金のうち五、六〇〇、〇〇〇円は原告において取得する約であり、原告は契約と同時に九〇〇、〇〇〇円を受領した。

以上の経過により、本件契約による売買代金のうち八、七五〇、〇〇〇円は未払いであるが、当時債権として確定しているものであるから所得税課税の妨げとはならないと考えるが、仮りに右残代金債権は、その後弥一が本件山林を買戻し、これを改めて林に売り渡すことによりその満足を得られないおそれが大となつたため、このような債権については権利確定主義の例外として課税所得より除外すべきであるとしても、前記のように本件係争年中において、原告、弥一および林との間の同一物件に対する八月一七日の契約により、原告は五、六〇〇、〇〇〇円の支払いを受けることとなり、内九〇〇、〇〇〇円は受領し、残余は原告の林に対する債権として確定しているから、右金員の範囲内においてなされた本件所得税の課税決定には取消さるべきかしはない。

第四、被告の主張に対する原告の認否

一、被告の答弁と主張事実二、1中、原告が六月四日本件山林を売却してその代金より諸経費を控除した残金を平等に分配する旨を確認した事実、本件契約により原告が六、二五〇、〇〇〇円の売買代金債権を取得した事実、即日広芝より小切手を受領し折半した事実は否認し、その余は認める。

二、同2は争わない。但し本件契約により原告が六、二五〇、〇〇〇円の代金債権を取得したことに基づき原告が租税債務を負担したことは争う。

三、同3中、広芝が川崎に転売した物件の中には原告の所有し取得すべき分は含まれていない。川崎、弥一間の転売は不知、八月一七日の被告主張のごとき契約により原告が九〇〇、〇〇〇円を受領したこと、残余が原告の林に対する債権として確定していることは否認する。

第五、原告の主張

一、本件契約は、少くとも原告に関する限りは虚偽表示により無効である。

本件契約締結に際し、原告は本件山林中原告の所有部分である原告山林と共有山林の持分の所有権を広芝に移転する意思はなく、広芝も原告に対し代金を支払う意思がなかつた。そしてこのことは双方とも互に了解していた。これは、原告、弥一間の紛争を解決するため仲裁人らがこのような形式を採ろうとの意見を述べ、原告もこれに応じたまでのことである。

二、仮りにそうでないとしても、本件契約は解除された。

原告は六月二〇日付で本件契約解除の意思表示をなし、これは相当期間内に広芝に到達した。

三、本件は契約無効である。

本件は契約無効であり、原告代理人弁護士山本良一(以下、山本弁護士という。)は同月二四日その旨を通告し、これは相当期間内に広芝に到達した。

四、八月一七日の契約も少くとも原告に関する限り虚偽表示である。

この契約書が作成された目的は、弥一が広芝および転買人川崎から本件契約の目的物件を四、〇〇〇、〇〇〇円付け加えて原告の山林を含め本件山林全部を買戻しできるよう川崎に依頼して、四、〇〇〇、〇〇〇円を渡し、これを全部買戻し他に転売しようとしたところ、原告が売却していないことを主張し関係者もこれを認めたため、弥一は四、〇〇〇、〇〇〇円を取られただけでその目的を達し得なかつた。のみならず川崎には残代金一二、五〇〇、〇〇〇円を支払わなければならなくなつたので、原告に救いを求めてきた。原告は弥一の窮状に関知しなかつたが、山本弁護士の方で弥一を助けるため本件契約を生かした形式をとつて弥一の権利を確保しようとしたまでである。従つて、原告は八月一七日の契約に関係をしていなく、山本弁護士が弥一救済の手段に原告名義を使用しただけである。要するに原告はなんらの権利をも林に移転する意思はなく、林も原告に対し代金を支払う意思がなかつた。そしてこのことは双方とも互に了解していたものである。

第六、証拠

当事者双方の証拠の提出、書証の認否、援用関係は別紙「証拠関係一覧表」(但し、成立の真正を認めた根拠欄を除く。)記載のとおり。

理由

一、請求原因一、の事実は当事者間に争いがない。

二、被告の答弁と主張二、の1の事実中、本件山林が別紙目録記載のとおり原告あるいは弥一の単独所有または両名の共有に属するものであつたこと、右所有共有関係につき両名間に紛争が生じ、これを解決するため両名は五月三〇日広芝、上田、昇三の三名を仲裁人に選び紛争の解決を一任したこと、六月一〇日本件山林を両名より右広芝に代金一二、五〇〇、〇〇〇円で売却する旨の本件契約締結の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

三、原告の主張一、について

1、甲四号証(本理由中で引用する書証はすべて真正に成立したものである。その判断の根拠については別紙「証拠関係一覧表」の成立の真正を認めた根拠欄参照。)、同一八号証および弁論の全趣旨によれば、五月一〇日広芝は原告に対し「本件土地と小苗二ケ所を無償で原告に売渡す。」旨を約し原告もこれを承諾したことが認められるのに対し、その後の六月四日には広芝と上田は原告に対し「弥一山林の土地(以下、弥一土地ということがある。他もこれに準ずる。)および後植二ケ所を一応買上げた後、無償で原告に譲る。」旨約し原告もこれを承諾したことが認められる。右によれば、六月四日当時においては「広芝が少くとも原告土地を原告から買受けること」については、広芝、上田も原告も考えてはいなかつたことが伺われる。

2、広芝、上田、弥一の各証言および原告供述によれば、六月九日から一〇日にかけ昇三宅に原告、弥一および仲裁人らが集まり、本件契約を締結するについての折衝に入つたが、全員が一堂に会しての折衝ではなく、原告と弥一とは各別室に居て仲裁人らが両者と各個別に交渉するという方法をとり、仲裁人中主として上田、広芝は原告と、昇三、広芝は弥一とそれぞれ交渉に当つた。そして売買代金額の点で、買主になる広芝は一〇、〇〇〇、〇〇〇円を主張し、上田は一二、五〇〇、〇〇〇円を主張し、売主になる弥一はもつと多額を主張して折衝は難行し徹夜折衝になつたが紛争中の物件ということで弥一が折れて上田の意見に同調し、広芝もこれに同調したのであるが、原告は意見を全然述べることなく、結局一二、五〇〇、〇〇〇円に決まつたものである。右のとおり認められ、この認定をくつがえすに足りる拠証はない。

かように売主となるべき原告が売買代金額について全然意見を述べなかつたということは、原告に果して売渡しの意思が存したかを一応疑わしめるものである。

もつとも、弥一証言中には「上田の話によると原告は即金で八、〇〇〇、〇〇〇円なら売つてもええということだつた。」という部分があるが、これが信用できるとしても、即金であれ八、〇〇〇、〇〇〇円というのは売主側の意見としては少額にすぎるのであつて、これは、原告が売買物件の範囲について弥一や上田らが考えていたよりも少ないものを考えていたことを推測させるものである。

3、甲一三、二〇号証、広芝、中井の各証言および原告供述によれば、弥一は以前川崎に本件立木の一部(松間伐)を売り、川崎が未だ伐採していない残木が六月一〇日当時も存在していたところ、同日本件契約締結後、広芝は原告宅で原告の要求に応じ原告に対し、「共同山」における松間伐(川崎に売却せる物)残留木は六月一〇日からは川崎に伐採させないことを広芝において責任をもつ旨の「証」なる書面を交付して、これを確約したことが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

ところで、原告が弥一と共に少くとも本件立木(全部)を広芝に売渡したのであれば、原告、弥一は本件立木については最早なんらの処分をすることはできず、専ら広芝の自由になしうるところであるのに、本件契約締結のすぐ後に広芝が原告に対しかような確約をしていることは、本件立木のうち少くとも原告所有の部分については原告に売渡しの意思がなく、広芝もその事情を少くとも知つていたことを一応推測させるものである。

4、甲五号証の一部、乙三号証、同八号証の三、広芝、昇三の各証言および原告供述によれば、本件契約に定められた売買代金のうち第一回支払分の三、七五〇、〇〇〇円は、六月一〇日当日でなく後日になつて広芝より同額の南都銀行大淀支店支払の小切手が昇三に渡され、広芝は大淀セイブ農業会より同額を借金して同銀行へ振込んだので、同月一六日昇三は右小切手を換金して半額を弥一に渡し(うち二五、〇〇〇円は費用として取得)、残りの半額を原告に渡すべく林と同道したところ、原告は受領を拒否したため昇三は同銀行上市支店にこれを預金しておいたが、その後も原告はこれを受領せず、その後の第二、三回支払分も受領していないことが認められ、右認定に反する甲五号証の部分は前掲証拠に照らして採用できず、他にこの認定をくつがえすに足りる証拠はない。

右によれば、原告は結局本件契約の売買代金としては遂に一銭も受領していないものである。

5、甲三、九、一〇号証、乙一号証、上田証言および原告供述によれば、原告と上田は本件契約締結後広芝宅へ本件契約書(甲五号証)の返還を求めて四、五回も行つたが、広芝は「この契約書は預つておく、原告には迷惑をかけないから。」と言つて返還してくれなかつたので、原告は六月二〇日広芝、昇三、弥一の三名に宛て「本件契約書および覚書第一号(甲三号証)第二号(乙一号証)中、原告に関係ある部分を解除する。」旨の内容証明郵便を差出し、更に同月二四日原告代理人山本弁護士より広芝に対し「本件契約書が真実のものでないことは広芝も承知するところであるのに、右契約書を利用して本件山林を転売すべく画策していることを聞き驚いている、念のため右契約書の無効通告を兼ねて転売画策につき警告をする。」旨の内容証明郵便を差出したことが認められ、この認定をくつがえすに足りる証拠はない。

6、甲六号証の一、二、一一号証ないし一四号証、二四号証の一、乙六号証、広芝証言、林証言の一部および原告供述によれば次のとおり認められ、林、上田、昇三、弥一の各証言もこの認定をくつがえすに足りず、他にこれを左右する証拠はない。

本件契約締結前の六月ごろ原告は原告山林はいくら高い値段でも売らないとの意思を上田、林らに表明していたものである。

本件契約締結後の秋ごろ広芝が原告山林を伐採したことがあり、そのとき原告は広芝を吉野警察署に告訴した。

二九年四月一五日に弥一とその弟竜児は、林および山本弁護士立会いの下で原告に対し原告山林の立木(以下、原告立木ということがある。他もこれに準ずる。)を弥一に売渡してほしい旨を申し入れ、林、山本弁護士もこれを勧めたが原告は固く断つた。

また、同年八月ごろより弥一が原告立木の伐採を始めたので林が再び仲裁に入つたが、その際、弥一とその弟竜児は原告立木を原告の方で値段をきめて弥一に売渡してほしい旨を要望し、原告の親族である訴外藤田重国もそれを勧めたが、原告は「自家用材が一本もなくなることは困るのでいかほど高価に買うといわれても断じて伐採とか売渡しはしない。」と言つて断り、逆に弥一立木を弥一の方で値段をきめて原告に売渡してほしいと返答した。その後原告は同年一二月二八日に山林伐採搬出禁止仮処分命令を得て弥一の原告立木伐採を阻止しようとしたが弥一はこれに応ぜず、三〇年三月二二日および同年四月一〇日の両日に亘つて訴外猪俣浩三弁護士(以下、猪俣弁護士という。)のあつせんによつて原告側と弥一側(昇三、広芝を含む。)の間に和解が成立したが、その和解の内容中にも、原告が原告山林を売渡す旨の条項はなかつた。

ところが弥一は右和解を履行せずに原告立木を伐採したため、原告は三〇年六月猪俣弁護士らを代理人として弥一を奈良地検五条支部に告訴したが、弥一はなおも伐採を続けるので、原告は三一年一一月六日訴外橋本政一のために地上権を設定し立木保護に努めたが、弥一の伐採はやまないのでやむなく橋本政一名義で自ら伐採した。

その後原告は広芝をも告訴したりして紛争は続き、結局三二年一二月二三日に猪俣弁護士立会いの下、原告側と弥一、広芝側との間に示談が成立したが、その内容中にも原告が原告山林を売渡す旨の条項はなかつたものである。

右事実によれば、原告はおおむね一貫して原告山林を他に売渡す意思は持つていなかつたものというべきである。

7、前記当事者間に争いない事実、甲二五号証の一、二および原告供述によれば、原告は、原告山林は弥一山林の約一〇倍の価値がある(なお、共有土地の面積は原告土地や弥一土地に比し極めて少ないので、共有山林の価値はほとんど問題にならない。)と思つていたことが認められ、また弥一、広芝の各証言によれば、弥一、広芝は、本件山林中、本件立木と本件土地の価値の比率は五対一ないし六対一ぐらいだと思つていたことが認められ、他に反対の証拠もないから、原告も大体そのぐらいだと思つていたものと推認される。

ところで前記当事者間に争いのない事実によれば、本件契約がそのとおり履行されると原告は、原告山林と共有山林の持分を広芝に譲渡しその代わり六、二五〇、〇〇〇円の債権を得ることになるが、他方後記認定の本件内約によれば、原告は広芝より本件土地と小苗二ケ所を無償で譲受けることになつていたので、結局最終的には、原告は六、二五〇、〇〇〇円と本件土地を得るのと引換えに原告立木と共有立木の持分を失うことになり、他方弥一は弥一山林と共有山林の持分を失うのと引換えに六、二五〇、〇〇〇円を得ることになるが、これと右認定事実とを合せ考えると、弥一が利益を得るのに対し、原告は、弥一より損害賠償(後記8認定参照)を受けるどころか、かなりの損害を被ることになるのを承知のうえで本件契約を締結したことになり、原告が真意に基づいてかかる契約を締結するということは通常は考えられないところであつて、このことは原告が真意に基づき本件契約を締結したことに疑いを抱かせるものである。

8  以上の事実および前記二、の当事者間に争いのない事実に甲二号証ないし五号証、六号証の三、九、一〇、一三、一八ないし二〇号証、乙一号証、八号証の一ないし三、広芝、上田、昇三、弥一、林の各証言、原告供述、弁論の全趣旨を総合すると次のとおり認められ、右各証拠中以下の認定に反する部分は採用しがたく、他に以下の認定をくつがえすに足りる証拠はない。

本件山林については、以前から原告、弥一間に境界のことや共有立木の伐採問題で紛争があり、二十四、五年ごろに弥一が原告立木を伐採したことが原告に発覚して弥一は原告に謝罪したことがあつたが、その後二八年になつて弥一は共有立木の一部を原告に無断で他に売却するに至つた。そこで原告は山本弁護士を代理人として弥一に対し、右無断売却の件につき損害賠償を求める意思のあることを通告したところ、弥一は原告山林についても弥一に共有権があるという内容の共有権確認の訴を奈良地方裁判所に提起したため原告もこれに応訴して争つていた。そのうち広芝(製薬業、薬剤師)、昇三(町長、弥一の本家筋にあたる)、上田(原告の親戚)の三人が仲裁人に選ばれた。五月六日ごろ広芝、上田の二人は原告方を訪れ、原告に対し、本件山林全体を一つにして価値的にこれを二つに分けるという共有物分割形式の解決案を提示したが、原告は、原告山林は弥一山林の約一〇倍もの価値があり、そのため約一〇倍の税金も納めてきたことでもあり、原告山林はやはり原告の単独所有のままにしておきたいという気持を持つていたので、原告山林を処分する意思はない旨を告げて右解決案に反対し、ただ共有山林についてはいかなる処分にも応ずると返答し、三人で相談した結果、共有山林があるから紛争が生ずるので、この山林について共有という関係をなくそうということに話がまとまり、原告も共有山林の処分については仲裁人に一任する旨の一筆を書いて広芝に渡しておいた。ところがその後同月一〇日になつて広芝と昇三が原告宅を訪れ、「共有山林について共有という関係をなくしても境界争いが生ずるおそれはなくならないので、単独所有である原告山林、弥一山林についてもなんらかの処分をする必要がある。ついては先程来原告より弥一に対して請求している損害賠償の意味で、共有土地および弥一土地ならびに小苗二ケ所を原告に取得させて本件土地を全部原告の単独所有にすることにしたい。しかし共有土地および弥一土地ならびに小苗二ケ所を弥一より直接原告に無償で譲渡させることは弥一の反対が予想されるのみならず、共有山林および弥一山林中の各土地だけを原告に譲渡するためにはその前提として右両山林の立木を伐採する必要がある。ところが弥一山林の立木だけを伐採させ原告山林の立木は伐採させないでおくことも弥一の反対が予想され実行困難であるから、弥一の体面を保つために、共有山林および弥一山林を広芝に売渡すことにする外、原告山林をも広芝に売渡すかのごとき体載をとりたい(共有山林、弥一山林は真実、原告山林は仮装でそれぞれ広芝に売渡すことにするの意。)、そしてそのうえで広芝から共有土地および弥一土地ならびに小苗二ケ所を原告に無償で譲渡することにしたい、そしてまた共有立木および弥一立木の売却代金を原告、弥一間で平等に分配することにしたい、そしてもし弥一が後日不服を唱えた場合には弥一の本家筋たる昇三において自己所有の山林を弥一に安く分けてやつて納得させることにする。」という趣旨の解決案を原告に提示し、更に広芝は「広芝が一応買上げた後本件土地および小苗二ケ所を原告に無償で売渡す。」旨記した覚書(甲四号証)をも原告に交付して右解決案に同意するよう勧めたので、原告も不本意ながら、そういう方法をとることで円満に解決がつくのならと考え右提案を了承した。その後同月三〇日および六月四日に原告と弥一は「共同山の処理は仲裁人らに一任し、共同山の権利は原告、弥一平等の原則に立脚し、その売却代金は原告、弥一平等に分配する。」という趣旨の覚書第一号(甲三号証)、同第二号(乙一号証)を作成した。但し、原告は前記五月一〇日の了承の趣旨において、すなわち右覚書の「共同山」の中には仮装としては原告山林を含むが真実は含まないという趣旨で右覚書を作成したものである。なお原告は、六月四日に広芝、上田連名の原告宛「広芝が一応買上げた後無償で弥一土地および後植二ケ所を原告に譲る。」旨の覚書(甲一八号証)の交付も受けた。

他方、これより以前、本件の紛争を聞知していた林(材木業者)は原告または弥一に個々に出会つた時に、本件山林は将来性ある山だから売つたり伐採したりしない方がよいと思うが、もし売るのであれば私に売つてもらいたい旨を伝えた。その際、原告も弥一も山林は売りたくない旨を述べており、更に原告は本件の紛争の仲裁をも林に依頼したい意向を示したが、これは実現に至らなかつた。ところで、仲裁人らは原告および弥一よりの買受人として広芝に白羽の矢を立てたものの、それは紛争解決のため仲裁人らのうち原告、弥一の双方とも親戚関係がなく従つて中立的立場にあるとみられる広芝を一応の買受人にしたものであつて、父の代からの薬剤師である広芝としても遅かれ早かれ他の木材業者等に転売することも予定していたものとみられるところ、上田はその転売先として林に目星をつけた。そして六月九日上田は原告と共に林方において、「話合いの都合で場合によつては林さんに買つていただきたい。」旨を伝えた。翌一〇日早朝にも上田は一人で林方へ赴き、林より原告、弥一間に本当に円満な解決がついたとのしるしを見せてくれれば、一二、五〇〇、〇〇〇円までなら買うとの意向を得た。

その間六月九日から一〇日にかけ昇三宅に原告、弥一および仲裁人らが集まり、本件契約を締結するについての折衝に入つたが、全員が一堂に会しての折衝ではなく、原告と弥一とは各別室に居て仲裁人らが両名と各個別に交渉するという方法をとり、主として上田、広芝が原告と、昇三、広芝が弥一とそれぞれ交渉に当つた。そして売買代金額の点で買主になる広芝は一〇、〇〇〇、〇〇〇円を主張し、上田は一二、五〇〇、〇〇〇円を主張し、弥一はもつと多額を主張して折衝は難行し徹夜折衝になつたが、紛争中の物件ということで弥一が折れて上田の意見に同調し、広芝もこれに同意したのであるが、原告は、原告山林は売らない意思であつたので売買代金の折衝には関知しないとの態度をとり(共有山林の価額は弥一山林に比しごく少額で問題にならない)、売買代金額については意見を全然述べることなく、結局一二、五〇〇、〇〇〇円に決まつたものである。そこで仲裁人らは「二八年六月一〇日原告および弥一は覚書第一号、第二号に基づき本件山林(土地および立木有姿のまま)を広芝に一二、五〇〇、〇〇〇円で売渡す、内金三、七五〇、〇〇〇円は契約の証として本日正に領収也、残金のうち三、七五〇、〇〇〇円は二八年九月末日、五、〇〇〇、〇〇〇円は二八年一二月末日それぞれ受取の約定也。」との趣旨の山林売買契約証(甲五号証、以下、本件契約書という。)を作成し、これを原告、弥一に個別的に持回つて署名捺印を求めた。弥一はすぐこれに応じたが、原告は以前から原告山林を売る意思はなく、ただ売るがごとき仮装をすることは広芝、昇三に対し了承を与えていたものの、本件契約書の売渡物件の表示欄には「共同山」という漠然とした表示ではなく、他の五筆の山林と並んではつきり原告山林の地番、地目、面積等の表示がなされていたため原告は不安を覚え、署名捺印を断ろうとしたところ、広芝と上田は「売買契約書、本件土地と小苗二ケ所を無償で売渡す、二八年六月一〇日、売主広芝義賢〈印〉、西林俊一殿。」なる内容の書面(甲二一号証)を原告に交付したうえ本件契約書への署名捺印を求めた。原告は右書面を受領して、本件土地と小苗二ケ所を無償で譲受けることについては、以前から了解済みでその旨の覚書をも広芝、上田からもらつていたものであるから、これを承諾し、ここに、本件土地および小苗二ケ所を広芝より原告へ無償で譲渡する旨の契約(以下、本件内約という。)が成立した。しかし本件契約書への署名捺印については原告はなおもこれをしぶり「原告山林を売渡すという意思表示は仮装である。」旨の一筆をも書いてもらいたいと広芝、上田に要求したが、同人らは「これからすぐ林のところへ行つて本物の契約書を書くのだから、これはほんの形式だけのもので、円満に解決がついたことのしるしだけで本当のものではないから。」と申し向けてなおもしつこく署名捺印を求めるので、原告は、林なら原告山林を守つてくれると考え、林に会うまでの間の仮装の契約書だという広芝、上田の言を信じ、かつ、原告山林を売渡すという部分は原告の真意に基づかないことを同人らに十分確認させたうえ、署名だけはし、印鑑を所持していない旨を告げたところ、上田が以前原告の妻より預つていた印鑑を取り出して捺印し、広芝ももちろん署名捺印して、本件契約が成立した。

それから上田は原告と共に広芝を伴い原告宅へ行くと、上田が予め呼んであつた林が来ていたので広芝は林と売買の交渉をはじめ、原告は、広芝が真実買い受けた共有山林と弥一山林の売買の交渉だと思いつつ、その交渉がまとまつて林が買うことになれば先程広芝、上田が約束したとおり原告山林は売買の対象にはなつていないという内容を含む真実の契約書を作成してもらえるものと思つて心待ちにしていた。

ところで、弥一は以前川崎に本件立木の一部(松間伐)を売り、川崎が未だ伐採していない残木がその当時も存在していたので、川崎が入山した場合に原告立木をも伐採する心配もあつた。そこで原告はその場で広芝に対しこの心配を取り除いてほしい旨を要求し、広芝もこれに応じて、「共同山」における松間伐(川崎に売却せる物)残留木は本日限り川崎に伐採させないことを広芝において責任をもつ旨の「証」なる書面(甲二〇号証)を原告に交付してこれを確約した。そのうち広芝が原告、弥一より買い受けたものを一二、五〇〇、〇〇〇円で林に売るという売買の話はまとまつたが、夜遅くなつたので契約書の作成に至らないまま広芝は「翌日また来る。」とて帰宅した。その後広芝より「昇三が来て動きがとれんので今日は行けぬ、明日行く。」との電話があつたので、林も原告宅で泊つて待つていたが結局翌日も来なかつた。そこで原告は昇三を呼んで、広芝が原告宅へ来るのを妨げた理由を問うたところ、昇三は「以前弥一は川崎に立木を売り、その残木がまだ山にあり、それは六〇〇、〇〇〇円の価値があるので、川崎との間でこの問題を解決しなければ林に売るわけにいかない。」と答えた。原告は昇三に六〇〇、〇〇〇円を渡して、「速やかに解決のうえ林への売買を完了するべく林のところへ来るように広芝に伝えてくれ。」と頼んだが、そのまま音沙汰がなかつた。右六〇〇、〇〇〇円は昇三が金庫に納めたままで広芝には渡さず、他方広芝もかかる六〇〇、〇〇〇円を請求したことはなかつた。

原告と上田は、仮装の本件契約書をいつまでも広芝の手元に置いておくわけにはいかないので、その後広芝宅へその返還を求めて四、五回も行つたが、広芝は「費用として仲裁人らがもらうことになつていた一、〇〇〇、〇〇〇円の分を弥一が出さないので、この喫約書は預つておく、原告には迷惑をかけないから。」と言つて返却してくれなかつた。原告は本件契約書を悪用されては困ると考え、またそのころ(六月一七日ころ)より広芝が本件山林において原告立木も含む約二〇ケ所にわたる立木の表皮を削つて「広芝山」と墨書し、その本数は小苗の七、八本を含めて四、五十本にもおよぶに至つたことから、六月二〇日広芝、昇三、弥一の三名に宛て「本件契約書および覚書第一号第二号中、原告に関係ある部分を解除する。」旨の内容証明郵便を差出し、更に広芝が本件契約書を利用して転売を画策していることを聞き驚いて、同月二四日原告代理人山本弁護士より広芝に対し「本件契約書が真実のものでないことは広芝も承知するところであるのに、右約契書を利用して本件山林を転売すべく画策していることを聞き驚いている、念のため右契約書の無効通告を兼ねて転売画策につき警告をする。」旨の内容証明郵便を差出した。

右のとおり認められる。甲三、五号証、乙一号証も前掲証拠に照らすときは右認定をくつがえすに足りない。また甲二一号証も、前掲証拠に照らすと、広芝が原告土地をも原告に無償で譲渡するのを原告が真に承諾したとみることはできないので、未だ右認定を左右するに足りない。なお甲一号証の一ないし三、二四号証の一、乙三ないし五号証も、甲二二、二三号証、林証言、原告供述等後記六、の3で引用する証拠に照らすと、右認定を左右するに足りないものである。

9  右認定事実によれば、原告は本件契約締結に際し、原告山林を売渡すことについては真意に基づかないことを自ら知りつつこれを売渡す旨の意思表示をした。すなわち原告山林を売渡す旨の原告の意思表示には心裡留保があつたというべきである。しかし更に、共有山林の原告の持分についてもこれを売渡す旨の原告の意思表示に心裡留保があつたということはできず、他にこれを認めるべき証拠はない。

他方、右認定事実によつては、本件契約締結に際し広芝の意思表示にも心裡留保があり、かつ原告との間に通謀があつたとは、にわかにいうことはできず、甲七号証によるも未だこれを認めるに足りず、他にこれを認めるべき証拠はない。

弥一の意思表示に心裡留保があつたことを認めるべき証拠もない。

よつて本件契約は通謀虚偽表示によるものということはできない。

10  ところで右認定事実によれば本件契約締結に際し、原告の原告山林に関する真意を相手方たる広芝は知つていたというべきであるから、原告山林の売渡しに関しては原告の意思表示は無効であり、従つて原告山林の売渡しに関しては本件契約も無効であるというべきである。

よつて原告の主張一、は右の限度で理由がある。(原告の主張一、の中には、原告の心裡留保と広芝の悪意の主張も含まれていると認める。)

三、原告の主張二、について

解除権の発生原因についての主張立証がないので、右主張は失当である。

四、原告の主張三、について

原告主張どおりの事実だけで本件契約が無効になるとはいえず、右主張は失当である。

五、以上により本件契約によつて原告の取得した代金債権について考えるに、本件契約は原告山林の売渡しに関する部分に限り無効であるから、原告としては共有山林の持分のみを売つたことになり、その分の代金債権を取得したにすぎないというべきである。そして「共同山の売却代金は原告、弥一平等に分配する。」旨の前記覚書(第二号)(なお、共有山林については原告も真意に基づきこの覚書作成に同意したことは前記認定より明らかである。)の趣旨に従うと、原告は共有山林の売買代金債権額の二分の一に相当する代金債権を取得したものというべきである。

よつてこれが本件契約によつて原告の得た所得(収入)である。

六、被告の答弁と主張二、の3について

広芝が本件山林から原告山林を除いたものを川崎に転売したこと、八月一七日弥一は原告の承諾の下に本件山林を林に一五、〇〇〇、〇〇〇円で売却し右代金債権中五、六〇〇、〇〇〇円は原告が取得するという内容の契約が三者間で締結されたことは原告の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなされる。

右事実と前記認定二、の8の事実に甲六号証の三、七号証、八号証、二二号証、乙二号証、七号証、八号証の三、弥一、林、中井の各証言および原告供述を総合すると次のとおり認められ、右各証拠中以下の認定に反する部分は採用しがたく、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。

弥一は本件契約締結の数日後に、原告、広芝間に本件内約があつたことを昇三より知らされて憤慨し、昇三が代わりの山をやると言つたのにも納得せず、広芝より買戻してでも本件山林全部を自分のものにしたいと言い出した。そこで昇三もこれに協力することを決意し、広芝に対し本件山林を弥一に取得させたいので協力してほしいと依頼し、川崎(当時町会議員)を紹介した。他方広芝は、本件契約により買受けたものを最初林に転売しようと考え、一二、五〇〇、〇〇〇円で転売する話もまとまつたが、一二、五〇〇、〇〇〇円で買つたものを同額で転売しても利得がないので意を翻して川崎に転売する決意を固め、六月二一日ころ本件山林より原告山林を除いたものを川崎に一四、〇〇〇、〇〇〇円で転売する旨の契約を締結し、五、二五〇、〇〇〇円の手金を受取つた。川崎は更に弥一に対し、原告と交渉して本件内約の履行をあきらめさせて本件土地および小苗も弥一に譲渡してやる旨を約したので、弥一は同月二五日ごろ本件山林(川崎、広芝間の契約書の目的物件には原告山林が入つていないことを川崎、弥一は看過したものか。)を一六、五〇〇、〇〇〇円で川崎より買受ける旨の契約を締結し、翌日小切手で内金七、七五〇、〇〇〇円を川崎に支払つた。そしてその後の八月一七日に、(イ)、弥一が本件立木を林に売渡し、林はこれに対して一五、〇〇〇、〇〇〇円を五、〇〇〇、〇〇〇円ずつ、同月一九日、同年一二月三一日、二九年三月三一日の三回に分けて支払うものとし、第三回目の支払を了したときは林は本件土地および杉檜の苗木の所有権をも取得するという内容の弥一、林間の契約と、(ロ)、六月一〇日の本件契約に基づく原告の広芝に対する代金債権六、二五〇、〇〇〇円中、広芝より既に支払われ原告のために昇三が保管中の一、八七五、〇〇〇円は弥一が取得することを原告は承諾し、残債権四、三七五、〇〇〇円は原告より川崎に譲渡する、その代り弥一の川崎へ支払うべき残代金中四、三七五、〇〇〇円を弥一より原告に支払うべきところ原告はこれを免除し、代りに弥一の林に対する右債権一五、〇〇〇、〇〇〇円中、八月一九日支払分中二、〇〇〇、〇〇〇円、一二月三一日支払分中一、九〇〇、〇〇〇円、二九年三月三一日支払分中一、七〇〇、〇〇〇円の合計五、六〇〇、〇〇〇円を原告に譲渡(林はこれを承認)するという内容の原告、弥一間の契約、とを一通の契約書(乙三号証)に盛り込んだ、弥一、林、原告の三者間の複合的な契約(以下、本件第二契約という。)が締結された。そして右契約締結と同時に三者間で「原告および林は六月一〇日の本件契約が信託的または仮装の契約であるとの主張を放棄するものではない。但しこの権利を行使したときといえども右三者間の本件第二契約による権利義務に消長をおよぼさない旨を約諾する。」という趣旨の覚書(甲二二号証)が作成された。右覚書の趣旨は、本件契約が無効であつてもそれがため本件第二契約の効力には影響をおよぼさない旨を三者間で合意したものと解される。前記認定によれば本件契約は原告山林に関する限り無効であるのだから、右合意に従えば原告山林については本件第二契約のときに原告より林に譲渡したことになり、その代わり原告は林に対して五、六〇〇、〇〇〇円の債権を取得したことになる。いわば本件第二契約により原告は原告山林を五、六〇〇、〇〇〇円で林に売渡す旨の契約をしたことになる。

七、原告の主張四について

1  前記認定事実および林証言の一部、乙三、六号証によれば、本件第二契約では、林は八月一九日に弥一に三、〇〇〇、〇〇〇円、原告に二、〇〇〇、〇〇〇円、一二月三一日に弥一に三、一〇〇、〇〇〇円、原告に一、九〇〇、〇〇〇円、二九年三月三一日に弥一に三、三〇〇、〇〇〇円、原告に一、七〇〇、〇〇〇円をそれぞれ支払うことになつていたところ、実際は後の本件第二契約解消の時までに弥一には四、八〇〇、〇〇〇円支払つたが、原告には全然支払つておらず、ただ原告に九〇〇、〇〇〇円を渡したことはあるが、これは原告より寸借を申込まれて貸金として渡したものであることが認められ、「その後林が右九〇〇、〇〇〇円を本件第二契約に基づく原告への支払いに充当したい旨を申入れ、そういうふうにしてもらつたと思つている。」旨の林証言の部分も右認定をくつがえすに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  前記認定事実によれば、原告は本件第二契約当時において、本件契約によるも原告山林を失つていないと考えていたものであるが、本件第二契約がその通り履行されると、原告は最終的には五、六〇〇、〇〇〇円を得るのと引換えに原告山林を失うことになり、他方弥一は弥一山林と共有山林の持分を失うのと引換えに、本件契約による広芝からの三、七五〇、〇〇〇円と本件第二契約による林からの九、四〇〇、〇〇〇円の合計より川崎に支払つた七、七五〇、〇〇〇円を控除した五、四〇〇、〇〇〇円を得ることになる。ところで前記二、の7で認定したように、原告は原告山林は弥一山林の約一〇倍の価値があり、共有山林の価値はほとんど問題にならないと思つていたものであるから、この事実を合せ考えると、原告は、弥一が利益を得るのに対し、原告は弥一より前記弥一の共有立木無断売却に基づく損害賠償を受けるどころか、かなりの損害を被ることになるのを承知のうえで本件第二契約を締結したことになり、原告が真意に基づいてかかる契約を締結するということは通常は考えられないところであつて、このことは原告が真意に基づき本件第二契約を締結したことに疑いを抱かせるものである。

3  以上の事実に、前記二、の6、8および六、で認定した事実ならびに甲二三号証、乙三、四、六号証、八号証の三、弥一、林の各証言、原告供述を総合すると次のとおり認められ、右各証拠中以下の認定に反する部分は採用しがたく、他に以下の認定をくつがえすに足りる証拠はない。

前記のように、弥一は六月二五日ごろ本件山林を一六、五〇〇、〇〇〇円で川崎より買受ける旨の契約を締結し、翌日小切手で内金七、七五〇、〇〇〇円を同人に支払つた。そして弥一は本件山林を取得したとしてこれを売りに出したところが、本件契約によるも原告は原告山林を広芝に売つてはおらず原告山林は依然として原告の所有であることが吉野地方一帯に知られてきたため、弥一が本件山林を売ろうとしても買手がつかない状態であつたので、弥一としては、広芝に一二、五〇〇、〇〇〇円で売つたものを川崎を経て一六、五〇〇、〇〇〇円で買戻し、すでに七、七五〇、〇〇〇円は川崎に支払つていてなお八、七五〇、〇〇〇円の残代金債務も負担しており、結局四、〇〇〇、〇〇〇円を損しただけのことになつてしまつたため、弥一は代理人の中西弁護士に相談する外、原告代理人の山本弁護士にも相談に乗つてほしい旨を頼み込んだ。原告は従来からのいきさつもあつて弥一に同情しなかつたが、山本弁護士は同情して中西弁護士と相談のうえ弥一を助けるべくまたこの機会に本件契約を全く有効のごとく振舞つている広芝を牽制するために原告、弥一両名共信頼している林に一枚加わつてもらうことにし、本件契約従つてまた広芝、川崎間の契約、川崎、弥一間の契約がすべて有効であると考えているように装つて、次のような方法をとることを考えた。まず(イ)、広芝にはもはやなんらの権利もないことを同人に対して主張するために、本件契約により広芝の取得した本件山林を川崎を経て取得した弥一から林に譲渡することにし、更に(ロ)、弥一の川崎に対する残代金債務八、七五〇、〇〇〇円の支払を免れさせるために、本件契約による弥一、原告の広芝に対する残代金債権八、七五〇、〇〇〇円を川崎に譲渡することにし、その代わり右弥一の川崎に対する残代金債務中四、三七五、〇〇〇円は川崎でなく原告に支払うこととし、かつ原告はこれを免除することにし、その代わり弥一の林に対する代金債権一五、〇〇〇、〇〇〇円中五、六〇〇、〇〇〇円を原告に譲渡(し林はこれを承認)するという方法をとることを考え、その結果前記六、で認定したような本件第林契約を弥一、林、原告の三者間に締結させ、同時に覚書(甲二二号証)による合意を締結させ、もつて原告、林間については本件第二契約により原告は原告山林を五、六〇〇、〇〇〇円で林に売渡す旨の契約を締結させたものである。ところで原告は本件第二契約によつて新たに原告山林を林に五、六〇〇、〇〇〇円で売渡す意思はなかつたものである。そして林としても、本件第二契約の締結の目的を知つていたものと推認されるから、この契約によつて原告が新たに原告山林を五、六〇〇、〇〇〇円で林に売渡す意思はなかつたことも知つていたと考えられ、もし知らなかつたとしても一般人の注意をもつてすればかかる取引は原告の利益にならないことからしても十分知ることができたと考えられる。

右のとおり認められる。甲一号証の一ないし三、二二号証、二四号証の一、乙三、五号証も前掲証拠に照らして右認定をくつがえすに足りない。

4  右認定事実によれば、原告は本件第二契約締結に際し、原告山林を五、六〇〇、〇〇〇円で林に売渡すことについては真意に基づかないことを自ら知りつつその旨の意思表示をした。すなわち、原告の右意思表示には心裡留保があつたというべきである。他方、本件第二契約締結に際し林の意思表示にも心裡留保があり、かつ原告との間に通謀があつたことを認めるべき証拠はない。よつて本件第二契約中の原告、林間の右契約は通謀虚偽表示によるものということはできない。

5  ところで右認定事実によれば本件第二契約締結に際し原告の原告山林を五、六〇〇、〇〇〇円で林に売渡す旨の意思表示が真意に基かないことを相手方たる林は知りまたは知ることを得べかりしであつというべきであるから、原告山林の売渡しに関する原告の右意思表示は無効であり、従つて本件第二契約中、原告山林の売渡しに関する原告、林間の右契約も無効であるというべきである。

よつて原告の主張四、は右の限度で理由がある。(原告の主張四、の中には、原告、林間の契約について原告の心裡留保と林の悪意または過失による善意の主張も含まれているものと認める。)

よつて本件第二契約によつて原告が原告山林の売買代金債権五、六〇〇、〇〇〇円を取得したということはできない。

八、以上によれば、結局原告は本件契約によつて共有山林の売買代金債権額の二分の一に相当する代金債権を取得したのみであるから、これに基づき原告に対する二八年分所得税の課税標準、同税額および再評価額、同税額を計算する。

1  総所得金額

(一)  譲渡所得金額

本件契約による本件土地の譲渡価額(原告分)から控除金額(原告分)を控除した残額が一、三三四、七一五円となることは当事者間に争いがない。そこで右額のうち共有土地の価額相当分を、共有土地の本件土地に占める面積の割合に従つて計算すると、共有土地の譲渡価額(原告分)から控除金額(原告分)を控除した残額は八、一一一円(円未満切捨)となることは明らかである。この額より特別控除額を控除すると原告の譲渡所得金額は零となる。

(二)  農業所得金額

農業所得金額が一一八、六〇〇円であることは当事者間に争いがない。

(三)  山林所得金額

本件契約による本件立木の譲渡価額(原告分)から控除金額(原告分)を控除した残額が二、八一〇、五三五円となることは当事者間に争いがない。そこで右額のうち共有立木の価額相当分を共有立木の本件立木に占める割合をその地盤たる土地の面積の割合に従つて計算すると、共有立木の譲渡価額(原告分)から控除金額(原告分)を控除した残額は一七、〇八五円(円未満切捨)となることは明らかである。この額より特別控除額を控除すると原告の山林所得金額は零となる。

(四)  以上によれば原告の総所得金額は一一八、六〇〇円となる。

2  原告はその総所得金額が一一八、六〇〇円であれば、基礎控除と扶養親族控除をすることにより課税総所得金額は零となることは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなされる。しからば、原告の所得税額および無申告加算税額はいずれも零となるべきである。

3  再評価額、同差額、同税額および無申告加算税額

原告、弥一両名は本件山林を資産再評価法の基準日(同法三条)たる二八年一月一日以前より所有または共有しているから同法九条の規定により再評価が行なわれたものとみなされ、また本件山林は財産税の調査時期たる二一年三月三日以前に取得されているが、右山林のうち本件土地の財産税評価額(原告分)は一六、二〇〇円、本件立木のそれは五四、五七〇円であるから前者の再評価額(原告分)は一六、二〇〇円の四〇倍たる六四八、〇〇〇円(同法二一条二項)、後者のそれは五四、五七〇円の二五倍たる一、三六四、二五〇円(同法二五条二項)であること、従つて再評価差額(原告分)はいずれも右再評価額より右財産税評価額を除算した金額となり(同法四二条)、その合計額が一、九四一、四八〇円になることは、いずれも当事者間に争いがない。そこで右額のうち、共有山林の価額相当分を、前記と同じく共有山林の本件山林に占める割合に従つて計算すると、共有山林の再評価額(原告分)は一二、二三二円、同再評価差額(原告分)は一一、八〇二円(いずれも円未満切捨)となることは明らかである。右再評価差額より特別控除額を控除すると零となるので原告の再評価税額、無申告加算税額はいずれも零となる。

九、以上をまとめると次のとおりである。

1  二八年分所得税について

農業所得額 一一八、六〇〇円

譲渡所得額 〇円

山林所得額 〇円

所得税額 〇円

無申告加算税額 〇円

2  同年分再評価税について

再評価額 一二、二三二円

再評価差額 一一、八〇二円

再評価税額 〇円

無申告加算税額 〇円

一〇、そうすると、被告は本件審査決定において吉野税務署長の課税決定を全部取り消すべきであつたところこれを一部取り消したのみであるから、本件審査決定中これを取り消さなかつた部分は違法であつて取消すべきものであるから原告の本訴請求はその範囲において正当であるからこれを認容すべきである。ところで、原告には本件審査決定中の吉野税務署長の課税決定を取り消した部分の取消を求める利益が認められないから、本訴中の右部分は却下することとする。よつて、訴訟費用の負担につき民訴法九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 古川正孝 裁判官木村輝武は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 前田覚郎)

目録

一、奈良県吉野郡吉野町大字西谷一、〇二三番地

山林 二畝歩(原告および阪本弥一の共有)

一、同所一、〇五四番地

山林 三畝一八歩(同右)

一、同所一、〇五五番地

山林 一畝一二歩(同右)

一、同所一、〇五六番地

山林 三町二反五畝歩(阪本弥一の所有)

一、同所一、〇六四番地

山林 三町二反五畝歩(原告の所有)

一、同所一、〇七二番地

山林 一畝歩(原告および阪本弥一の共有)

証拠関係一覧表

第一、書証

(原告提出――甲号証)

〈省略〉

(被告提出――乙号証)

〈省略〉

(註一) 甲六号証の三の記載は広芝が当公判廷で手記した宣誓書の筆跡および成立に争いのない同号証の四の筆跡と酷似しており、これに原告供述を総合すると、右は広芝義賢により作成されたものと認められる(この認定に反する広芝証言は信用できない。)。

(註二) 乙二二号証の署名印影は、すべて成立に争いのない同三号証のそれと酷似しており、これに林証言を総合すると、右は全部真正に成立したものと認められる。

第二、人証

〈省略〉

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